1. イアン・ハッキング「偶然を飼いならす」
  2. SRIファンド低迷の不都合な背景
  3. 平安・鎌倉時代の日食
  4. 節電の夏を控えた日本の行方
  5. ダーウィン「種の起源」の名言は後世の要約?
  6. 遺伝子は意思を持った意伝子なのか?
  7. ブログ引っ越しから半年を振り返って
  8. ナンシー・エトコフ「なぜ美人ばかりが得をするのか」
  9. 大恐慌を見た経済学者11人はどう生きたか
  10. 涼やかにあきらめる人生へ

サブプライムローン問題に続くユーロ危機という現在の混乱は、
偶然の飼いならしに失敗し、ブラックスワンが羽ばたいた結果とも言える。

いつからなのか?
偶然を「たまたま」や「まぐれ」のまま放っておけなくなったのは。
確率・統計を駆使して「偶然を飼いならそう」としはじめたのは。
そしてどのようにゆがんでいったのか?

そんな疑問に答えてくれるのがこの本。難解だが重要だ。
ピーター・バーンスタイン「リスクと併読すると理解が深まりそう。
現時点で理解できた範囲で、いったんまとめておこう。

ヨーロッパは長らく、この世は普遍的な自然法則にしたがっているはず、
といういわゆる「決定論」に支配されていた。(宗教的な影響か?)
偶然について考えること自体が、神々への反逆であり、バカげた行為。

そんな社会的背景をひっくり返すきっかけになったのがナポレオン
「統計は事物の予算である。そして予算なくしては公共の福祉もない。」
1800年に統計局を設置。国家運営に統計学を持ち込んだ。

そしてナポレオンの失脚と共に、彼が集めさせた大量のデータが流出。
ハッキング曰く1820~40年の「印刷された数字の洪水」によって、
決定論の浸食」が進み、無視されてきた偶然がむき出しになった。
大量のデータを統計学で編集し「偶然の飼いならし」が完成する。

この流れのなかで人間自体も数理の対称となり、差別論が生まれる。
平均的なものが「正常」とされ、平均からの逸脱は生物学的に「異常」。
やがてこれはナチスのユダヤ人虐殺の科学的根拠にもつながっていく。

ハッキングは最終章でチャールズ・サンダース・パースに光を当てる。
「偶然の飼いならし」によって、社会と人間を統制したかのように見えたが、
他方では「たまたま」や「まぐれ」を再認識される時代がやってきた。
このことをパースを紹介して説明しようとしているのだ。

我々の抽象的な探求能力は、進化の産物ではあるが、せいぜい我々の生存に有利にも不利にもならないものに過ぎない。そこで、そう考えるよりも我々は、精神の能力が宇宙の自然法則の進化と平行して進化するものだと考えるべきである。我々が自然法則を発見できるのは、自然法則も我々の精神も同じような仕方で進化してきたからである。パースはこれを「進化する愛」と呼んだのである。」(P317)

偶然を飼いならす―統計学と第二次科学革命 偶然を飼いならす―統計学と第二次科学革命
(1999/06)
イアン・ハッキング
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お薦めの本 | 2012年05月21日 | コメント(1) | [編集]

社会的責任投資フォーラム発表のSRI市場残高で気になること。

2011年3月の「大和マイクロファイナンス」以降、新規ファンドがない!
しかも日本株ファンドで10億円以上を集めたファンドに限ると、
2010年3月設定の鎌倉投信結い 2101」までさかのぼらないとない!

こんなに停滞した理由はやはり東日本大震災の影響だろう。
企業活動の社会や環境への配慮を投資の意思決定に考慮します!
と主張するより「震災復興」が宣伝文句の方が売りやすいのでは?
ざっとリストアップすると下記のようなファンドがある。

  • 東日本復興支援債券ファンド1105(野村AM・2011年5月)
  • ダイワ・ニッポン応援ファンドVol.3(大和投信・2011年5月)
  • しんきん復興支援育英ファンド(しんきんAM・2011年7月)
  • 日本応援株ファンド(三菱UFJ投信・2011年7月)
  • 東日本復興応援株式ファンド(BNYメロン・2011年12月)
  • 日本復興関連株式ファンド(ニッセイAM・2011年12月)

どれも「復興」と銘打った「単なる」アクティブファンドにすぎない。
うち4つが信託報酬の一部を被災地に寄付する形なのが救い。

SRI(社会的責任投資)というより近年はESG投資と言うべきかな。
E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)に配慮した投資のことだけど、
これをきちんと顧客に説明しながら運用するのは大変なこと。
SRIファンドとして選ばれている日本株ファンドのうち、
運用哲学を自分の言葉で語れているのは鎌倉投信だけでは?

似たようなうたい文句で、より簡単に資金を集める方法があれば…。
利益率や効率性といった言葉が重視される世の中では仕方なし。
しかし、この傾向があまり長く続くようなら、
SRIは金融機関のマーケティングの一手段にすぎなかったのか!
とダメ出しする日がやってきてしまうだろうね。

投資と社会貢献 | 2012年05月19日 | コメント(0) | [編集]

天気がよければ、もうすぐ金環日食が見られるね!
東京で見られるのは1893年以来、約173年ぶりのことなんだって。
通勤時間帯で見れないよ!という方は人生を考え直した方がいいかも。

日本の歴史上、有名な金環日食といえば1183年
源平合戦のさなかに日食が起こり、源氏側が混乱して敗走。
平氏側はあらかじめ日食が起きることを知っていたようだ。

天俄にわかに曇て、日の光も見えず、闇の夜のごとくなりたれば、源氏の軍兵ども日食とは知らず、いとど東西を失いて、舟を退けていずちともなく風にしたがいて逃れていく。平氏の兵どもはかねて知りにければ、いよいよ時をつくり、重ねて攻め戦う。」(源平盛衰記)

この出来事をはじめ、12世紀の日本では金環日食が頻発していた。
1183年のほかに、1107年(西日本)、1173年(関東)、1198年(九州)。
貴族社会から武家社会への転換期の頻発に興味をそそられる。
※ちなみに北海道でも1129年、1145年に金環日食。

転換期に起きた日食とといえば、モンゴル襲来時の皆既日食
1274年と1281年にモンゴルが九州に攻め込んでくるのだけど、
1275年と1277年と立て続けに九州で皆既日食が起きたらしい。
日本が自信をつけた転換点(神国思想など)の不思議な巡り合わせ。

そして最後に日本の歴史上、最大の皆既日食975年)。
236kmの幅で中国地方から京都を通り関東まで本州を横断。
朝廷も大混乱して恩赦を連発したとか。(「日本記略」より)
ちょうどこの頃、あの清少納言は二十歳前後。
枕草子」の252~254段には、

日は入り日。入りはてぬる山の端に、光なほとまりて赤う見ゆるに、薄黄ばみたる雲のたなびきわたりたる、いとあはれなり。
月は有明の東の山ぎはにほそくて出づるほど、いとあはれなり。
星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。

と空に関心を寄せていたことが分かる。
感性豊かな彼女が日食について言及しなかったということは…。
当時、皆既日食が本当に恐れられていた証拠といえるかもしれない。
ちなみに日食の和歌がないか調べたけど、まったく見当たらなかった。
週明けの朝、晴れるといいね。

☆参考ホームページ…日食ナビ・日食一覧表

その他日本の歴史・文化 | 2012年05月18日 | コメント(0) | [編集]

震災直後は放射能や節電の影響で、東京の繁栄の終わりを予感した。
東京の時代は409年続いていて、平安時代の京都の398年を上回る。
120517japan

バブル崩壊以降、産業の中心が西に動いているイメージがあった。
2000年代前半に繁栄を謳歌した自動車産業は東海地方だ。
そしてさらに西へ…、再び京都の時代がやってくるのではと。

京都にはこれからも期待できそうな日本の製造業がズラズラ。
京セラ、村田製作所、日本電産、オムロン、堀場製作所、島津製作所など。
たとえば京セラと村田製作所の背景には京都の伝統、陶磁器産業があり、
伝統と先端の融合と言えば、京都に代わる都市はない
☆オススメ本…村山裕三「京都型ビジネス-独走と継続の経営術」

でも電力を精神論でしか語れなくなった今、京都の未来はモヤモヤ。
原発をやめることで一番打撃を受けるのが、関西電力管内らしいから。
安定した電力供給なしに製造業を語ることはできないことは、
こんな統計からも一目瞭然。(出典:電力事業連合会経済産業省
120517

京都に限らず、日本全体に言えることなんだけどね。
円高に加えて電力問題…、雇用創出には製造業が不可欠なのに。
日本は当面、なだらかな下り坂から抜け出せそうにない。

そして関西が沈没して、ますます東京へ集中してしまうなら、
東京直下型地震と国債の暴落がセットでやってくる可能性が高そう。
とくに根拠はないけど、その後の日本には期待していいと思う。

社会・政治の問題など | 2012年05月17日 | コメント(0) | [編集]

美は命を絶やさないための手段のひとつであり、美に対する愛情は人間の生物学に深く根ざしているのだ。
---ナンシー・エトコフ「なぜ美人ばかりが得をするのか」P268

なんて本を読んで以来、生物学に少し興味が沸いて考えてみると、
意思を持っているかのように語られる遺伝子と進化の研究は、
経済・経営関係の分野と同じ問題を抱えているような気がしてきた。
→関連記事:遺伝子は意思を持った意伝子なのか?(12/05/12)

とはいえ生物学のことはまったく分からないから、
とりあえず先週末は、ダーウィン種の起源」を読んでみた。
光文社から2009年に新訳が出ていてずいぶん読みやすかったよ。
なんか変だなと思ったことが1つ。
「種の起源」の名言として講演やコラムで引用されるのを見かける、

もっとも強いものが、あるいは最も知的なものが、生き残るわけではない。もっとも環境の変化に対応できたものだけが生き残る。

って言葉が見当たらない。
新訳だからかな?と思って調べてみたけど、この言葉の出典は不明。
海外のサイトには20世紀に書かれた要約本が出典、みたいな記述も。
これに近いダーウィン自身の言葉を拾うと(自然淘汰の章より)、

生物の生存にとって有用な変異が実際に起こるとすれば、そのような形質をもった個体は、生存闘争において保存される可能性が間違いなく最大になるだろう。・・・このようにして個体が保存されていく原理を、私は略して自然淘汰と呼んでいる。・・・自然淘汰は、形質の分岐も引き起こす。それは生物が構造、習性、体質面で分岐すればするほど、一つの地域に生息できる生物が増えるからである。・・・多様化した子孫ほど、生きるための闘いで勝利する可能性が高くなることだろう。」(上巻・P224~225)

世間に流通する名言と少し意味が違うかな。
多様な子孫を遺しておけば、環境が変わっても生き残るだろうね、
くらいのゆるい感じで、自ら変化し環境に適応する、って強さはない。

そもそもダーウィンの文章はダラダラ長くて訳しにくい!
と訳者がぼやいてるくらいだから、あんなスッキリした名言は…(苦笑)
とにかく、引用するならページ数までちゃんと書かないとね。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫) 種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
(2009/09/08)
チャールズ・ダーウィン
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世界の名言・名文 | 2012年05月14日 | コメント(0) | [編集]

「人が美しいと感じるもの=遺伝子を残すのに最適」 を説く本を読み
なんか遺伝子が過大評価されているような変な感じがあった。
リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」が注目されてからかな。
遺伝子の「」が「」に変わり、意思を持つように語られはじめたのは。

シンプルにまとめると、長期的に最良の遺伝子が生き残る、ってこと?
なんかどこかで聞いたことある台詞だよね。市場原理主義っぽい。
進化の歴史の中心に遺伝子を据え、経済合理性を見出す感じが。

でも、合理性の上に何かを積み上げるのは机上の空論だと思う。
羽生善治さんが将棋の最善手について語った部分を引用すると、

最初の駒をあまり動かしていない状況ならば、プラスの手段はたくさんあります。でも、プラスの手を重ねていくうちに、いつかある飽和点に来るでしょう。・・・プラスの手を積み重ねていくから、だんだん選択肢としてマイナスの手が多くなってゆくんです。最も効率的なことをやり続けていくことは、原則として不可能です。」(勝ち続ける力・P209)

どんな学問も論理や数字で単純化することでしか、
偶然の絡み合う複雑な世界を解き明かすことができないのか?
意味を求めるあまり、本質的なところを見失ってしまう。
たしかノルベルト・ボルツが「意味に餓える社会」で危惧してたこと。

生物学もこんな調子なら読んでおいた方がいい本は、
ノーベル生理学・医学賞受賞(1965)のジャック・モノーが書いた
偶然と必然-現代生物学の思想的な問いかけ」だろうな。
生物学は偶然が支配する学問、と言及して話題になったらしい。

科学的方法は、自然は客観性をもっているという当然の仮定の上に置かれている。つまり、ある現象を最終原因すなわち目的の面から解釈することで真実の認識に到達できるという考えを、否定しようという体系なのである。この原理が発見された日時は正確に述べることができる。ガリレイ及びデカルトによって定式化された慣性の法則は単に力学の基礎となったばかりか、近代科学の認識論の基礎を築くことともなったのである。」(P23)

40年も前に出版されて絶版にならずに読まれ続ける名著。
以前挫折したけど、ちゃんと読んでみないと。

偶然と必然―現代生物学の思想的な問いかけ 偶然と必然―現代生物学の思想的な問いかけ
(1972/10)
ジャック・モノー
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世界の名言・名文 | 2012年05月12日 | コメント(0) | [編集]

URLを変更してから半年。その後の記事を振り返りながらつれづれと。

未だに「なんで投資の話を書いてくれないの!」と苦情?のメール。
本人は「もうやめた」と宣言した割に書いてるなぁ、という実感なんだけど。
また別の視点で投資を見つめられるようになった♪という2つの記事。

以前だったら、投資と投機の話はベンジャミン・グレアムを、
投資理論への批判はサミュエルソンを引用して終わりだったろうね。

意外と人気があって驚いたのが元旦に書いた、

「紀貫之って元祖オカマだと思ってた。あれ面白かったよ!」
なんて話から新年の雑談がはじまることが多かったかな。
これと同様に日本の偉人を勝手に編集するシリーズからは、
大河ドラマが平清盛、そして桜の時期が重なって、

へのアクセス数が多かった。
桜つながりで、能の大成者、世阿弥の

なんかGoogle検索的に良かったみたいでロングセラー。
古典では徒然草の編集に力を入れてるけど、こちらは人気なし…
そうそう人気といえば、投資の話を書いていた頃はよくあった、
1つの記事が1,000人超の方の目にとまる珍現象がこのほど復活。

今後も心に映った一瞬の情景を切り取り、ブログに保存していくのだ♪

日記と雑談 | 2012年05月11日 | コメント(0) | [編集]

邦題の安っぽさがもったいない。
原題は"Survival of tha Prettiest ― The Science of Beauty"
本書は副題の示すとおり「美の科学」がテーマ。

結論はごく単純なもの。
人が美しいと感じるもの=遺伝子を残すのに最適な姿形
これに多彩な切り口(生物学・心理学・ファッション史など)で迫っていく。
だからタイトルの翻訳は、チャンドラーのあの台詞に倣って、
美しくなければ生きていけない」みたいなのがふさわしいかも。

人で語ると目を背けてしまいがちだから、ビジネスに置き換えてみよう。
マーケティングなる言葉が重視されるようになって久しいが、
乱暴に言えば、商品・サービスの外面を磨いて客を引き寄せる技術。
良いものを作れば顧客はついてくる、と愚直に進んだ日本が敗れ、
マーケティングの巧者アメリカが再浮上した歴史的事実は、
まずは「中身より見た目」ということを物語っていると言えるかもよ。

美人薄命? 美人は性格が悪い?
いえいえ、ウエストがヒップの80%以下の女性は妊娠しやすく健康的。
美しさは周囲の善意を引き出すから、性格も自然とよくなるのだ。
そして乳幼児でさえ美しさを感知するという実験結果まで紹介する。
著者はこんな調子でバッサリ斬り倒す意図はこうだ。

人間の本質について深く知れば、それだけ不平等を指摘し自分たちを変える可能性も生まれるだろう。科学的な研究は、価値をさだめることではない。そして人間が生まれながらにある傾向や好みをもつとしても、文化や教育や環境でその表現は大きく変わりうる。」(P277)

「見た目より中身が…」なんてのは現実から目を背けているだけ

美しさのために時間を浪費しなければ、それ以上のものが達成できるという意見はナンセンスだ。女性は美をあきらめないでいてこそ、法的にも社会的にも平等の権利や力を獲得することができる。」(P279)

本質的な美しさは遺伝子のたまもので、不平等の最たるもの。
ただ私は、美しさを追求する女性には感心させられるし、素敵だと思う。
だから私は美の追求を支援する会社(資生堂、ロレアルなど)へ投資する♪

なぜ美人ばかりが得をするのか なぜ美人ばかりが得をするのか
(2000/12)
ナンシー エトコフ
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レイモンド・チャンドラー「プレイバック」より
”If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.”(男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。)

お薦めの本 | 2012年05月09日 | コメント(0) | [編集]

ゴールデンウィークに本棚の整理をしてたらでてきた本。
読了日が2008年9月16日…って、リーマン・ショックの翌日じゃん(笑)

ダウ平均だけで比べれば、今回の金融危機はたいしたことなかった。
世界大恐慌がはじまった年(1929)のダウ平均の高値358.77ドル。
この水準まで株価が回復するのは1955年までかかった。約26年。
今回は今年3月に2008年の高値に到達したから約4年。


1990年代後半に行われたというこの本のインタビューで、
大恐慌の再来はあるか?」との質問への回答を紹介すると、

ポール・サミュエルソン
私たちが体験したような大恐慌はもう来ないと思います。起こるとすれば、政治的混沌、対立といったもので、マクロ経済不況は起きないでしょう。しかし、それは、人間の幸せを脅かすやっかいなものでしょう。もし問題が単なる購買力不足であるとすれば、私たちの価値観は変化したし、知識も変わりました。それに、貨幣は印刷すれば済みますし、借入だってできます。

ミルトン・フリードマン
起こります。しかし、それは違った形です。1954年に私はスウェーデンで『アメリカ経済はなぜ恐慌の試練を受けたのか』という題で講演をしました。その考えは現在でも正しいと信じています。そのような恐慌がくるとすれば、その前にまず、大きなインフレが生じます。私たちは常に最後の戦争と戦っているのです。そして、私たちは未だに大恐慌という戦争と戦っているのです。

チャールズ・キンドルバーガー
いいえ、思いません。しかし、違った形で経済破綻は起こりうると思います。今日では最後の貸し手機能がとても発達しているので、デフレ政策をとることはまずないでしょう。


今回の金融危機は大恐慌の再来とは言えないけど、
サミュエルソンの「政治的混沌、対立」は今のユーロに近いのかな。
お三方の「違う形で起きる」って部分にちょっとひっかかること。
インターネットの普及でお金と情報が世界を飛び回るようになって、
そのスピードに人間自身がついていけないことで危機を誘発してるような。
そして物事ってあまりに複雑になると、それ自体に生命が宿るような…

大恐慌を見た経済学者11人はどう生きたか 大恐慌を見た経済学者11人はどう生きたか
(2005/01)
R.E. パーカー
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金融危機2007~? | 2012年05月07日 | コメント(0) | [編集]

「あきらめる」とは「明らかに、見極めること」。

身の丈に合わない幸せを望んで思い悩んだ時期もあったけど、
文字通り「あきらめ」がついて、穏やかな日々が続いている。
過去でも未来でもなく、今この時に幸せを見出せばいい。
いろいろ抱え込もうとすると、大切なものがこぼれ落ちたりするから。

とはいえ今の世の中は、幸せになれそうな情報があふれてて大変。
私はこれで十分と思っていても、うっかり惑わされることがある。
自分の外側に幸せを託そうとすれば、ないものねだりに悩んじゃう。
どんなに言葉にしてみても、再び心を乱される時もくるだろうね。

1つだけ確かなのは、最後は何もなくなるってこと。
そう気がついたときから、人生はゆるやかに下降線を描くもの。
それに合わせて求めるものを小さくできたら幸せなんじゃないかな。
だから、今の自分をありのままに受けとめ、見極められたなら…

でも「幸せとは?」なんて考えたところで答えは出ないかな。
探しているうちに、ふいに何かに出会い、心が満たされることもある。
だから答えそのものよりも、答えを探し続けることのほうが大事かも。
こんな調子でGWを終えると、また1つ歳を取る。あと1年か。

しあわせのかたち | 2012年05月06日 | コメント(0) | [編集]

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